犬の下部尿路疾患

尿が身体の外へと出ていく経路を尿路とよびます。尿路は主に2つの部位に分かれています。①腎臓→尿管→膀胱までの経路を指す上部尿路と、②膀胱→尿道→外尿道口までの経路を指す下部尿路です(外尿道口とはペニスや外陰部にある尿が排出される穴)。このうち、下部尿路でみられる疾患を下部尿路疾患と呼び、膀胱の近くの尿道にある前立腺などの疾患なども含めます。

下部尿路疾患でよく見られる症状

下部尿路疾患ではおしっこに関係する症状などがみられます。おしっこの回数が異常に多くなる頻尿、おしっこを我慢できず漏らしてしまう尿失禁、おしっこに血が混じり赤色味を増す血尿、ペニスや外陰部を気にしての舐めおしっこの排出が難しくなる、また排尿時に痛がる排尿障害や有痛性排尿困難はよくみられる症状です。

おしっこの中に膿や死んだ細胞などが混じり白濁や緑味を増す膿尿、おしっこの中の結石によるペットシートや陰部周辺の毛に、砂状の異物の付着などの症状がみられる場合もあります。

下部尿路疾患はしばしば腎臓やその他の臓器への細菌感染を引き起こしたり、尿路が詰まることによる急性で症状の重い疾患を引き起こします。この場合、発熱や食欲、元気の低下、嘔吐、下痢、沈鬱などの全身状態の悪化、また腹痛や歩行困難などの症状が併せてみられることがあります。急性腎不全による尿毒症ではけいれん発作や意識障害もみられます。

下部尿路疾患に含まれるもの

下部尿路感染症

下部尿路感染症は膀胱、尿道、前立腺などの下部尿路が細菌に感染することによって引き起こされます。14%の犬が一生に一度は罹患する疾患であり、特に避妊した雌犬ではリスクが高まります。当疾患は大腸菌をはじめとした細菌が、上行性感染と言って、尿道から侵入し、膀胱、腎臓へと感染を広げていくことが原因となり引き起こされます。

下部尿路感染症は膀胱炎や結石症などの比較的一般的な疾患だけではなく前立腺炎や前立腺膿瘍、また上部尿路感染症である腎盂腎炎などの多くの疾患の原因となります。

前立腺炎、前立腺膿瘍

前立腺炎も、下部尿路疾患の一つです。前立腺は雄犬でみられる副生殖腺であり、膀胱や尿道の近くにあります。前立腺に細菌が感染することで前立腺炎は引き起こされます。前立腺炎では膀胱炎と同様に、大腸菌がもっとも多くみられます。高齢の雄犬でみられる前立腺腫大や前立腺癌などの疾患をもとから持っている場合、感染性の前立腺炎にかかりやすいといわれています。

前立腺炎の症状がひどくなることで、前立腺内部に膿が溜まった状態を前立腺膿瘍とよびます。前立腺膿瘍では血液や全身臓器への細菌感染や、ショック状態を引き起こし、犬の命に関わる可能性があります。

ポリープ様もしくは気腫性膀胱炎

下部尿路に「ポリープ」と呼ばれる腫瘤(こぶ・固まり)ができることがあります。それを「ポリープ様膀胱炎」と呼びます。プロテウス菌などによる重度感染が原因となり、膀胱粘膜に点状~ポリープ状の塊状の病変がみられます。腫瘍性疾患とは異なり治療することでもとの粘膜に戻る変化ですが、治りにくい膀胱炎を引き起こします。

「気腫性膀胱炎」は大腸菌などのブドウ糖発酵細菌が、膀胱に溜まっていたおしっこを分解し、ガスを発生させることで膀胱を風船のように膨らませる疾患です。糖尿病の犬で比較的よくみられます。

再発性の下部尿路感染症と尿膜管遺残

犬の下部尿路感染症には治療をおこなって一度症状がよくなっても、しばらくすると再び症状がみられる再発性のものが知られています。一度発症した場合は、健康診断などで定期的に獣医さんに診てもらうようにするとよいでしょう。また、日常生活でおしっこしにくそうにしていないか等にも気を配ってあげてください。

再発性の下部尿路感染症の原因としては、薬剤耐性菌の存在や尿膜管遺残などが考えられますが、ここでは犬の34%が罹っているとも言われる尿膜管遺残について説明します。

尿道の一部に、尿膜管と呼ばれる場所があります。尿膜管とは、膀胱とへその尾、胎盤を繋ぐ胎児期の尿路であり、正常であれば産まれた後に自然になくなります。尿膜管がなくならなかった状態を尿膜管遺残といい、①尿膜管がおへそと開通している尿膜管開存、②膀胱に尿膜管が一部だけ残っている尿膜管憩室、➂膀胱やおへそとは繋がっていない閉ざされた尿膜管が残っている尿膜管、の3つのタイプが存在します。犬でもっとも多い尿膜管遺残は②の尿膜管憩室であり、97%がこのタイプだといわれています。

尿膜管憩室は細菌が増殖しやすくなることで慢性や再発性の下部尿路感染症の原因となるとされるため、日常の免疫力を高めることが重要です。また尿膜管の切除をおこなった犬の2/3では再発性の下部尿路感染症がみられなくなったと報告されています。慢性、再発性の下部尿路疾患にお悩みの場合は、精密検査や外科的切除についてかかりつけ医に相談してみてもよいかもしれません。

尿石症

犬の尿にふくまれるミネラル成分などが集まり石のようになることで尿路に障害をおこす疾患を尿石症とよびます。尿石症には結石を構成する成分の違いによりいくつかの種類がありますが、犬では①ストルバイト結石と②シュウ酸カルシウム結石が多くみられます。

①ストルバイト結石

下部尿路感染症に関係し、尿中のウレアーゼ産生菌が結石の形成に大きく関与します。太っている雌犬でよくみられる結石症です。治療をしても繰り返し症状がみられやすい結石症であり、3年以内に48~57%で再発がみられるといわれています。

ウレアーゼとは、尿素をアンモニアに加水分解する酵素です。ウレアーゼによりアンモニア濃度が上昇し、おしっこの中のpHがアルカリ性に傾きます。結果、ストルバイトと呼ばれる成分が固まり、尿石と呼ばれる石になります。尿路の細菌感染の他、上皮小体機能亢進症などによる高カルシウム血症でもこの結石はよくみられます。

②シュウ酸カルシウム結石

近年増加傾向にある結石症であり、雄犬でリスクが高いとされています。食事中の栄養素が発症に大きく関与しているといわれています。

泌尿器の腫瘍

泌尿器の表面を覆っている移行上皮細胞という箇所に腫瘍ができる、移行上皮癌というものができることがあります。老犬の膀胱にみられる悪性腫瘍です。外科的な切除が難しい位置への発生や、抗がん剤療法があまり効果のないことにより予後は比較的よくありません。もう一つの泌尿器の腫瘍が、雄犬の副生殖腺の腫瘍である前立腺癌です。犬の泌尿器でよくみられる悪性腫瘍です。後述する前立腺腫大とは異なり去勢による予防効果はありません。前立腺の近くにある骨盤や、リンパ節、また肘や膝の関節などに転移しやすく、こちらも予後のよくない腫瘍です。

前立腺腫大

腫瘍性疾患ではなく、細胞が過剰な分裂をして肥大する「過形成」が原因になる疾患です。過形成とは細胞が正常な状態で増殖する良性の状態です。前立腺癌と同様に雄の老犬でよくみられる疾患ですが、性ホルモンが発症に大きく関与しており、去勢をおこなった犬では発症率が大きく下がります。前立腺腫大がみられる犬においても、去勢をおこなうことで前立腺のサイズが小さくなる場合があります。

耐性菌について

なんども繰り返し、治りにくい下部尿路感染症の原因のひとつである薬剤耐性菌は、特定の抗生物質が効果のない細菌です。薬剤耐性菌は間違った抗生物質の使用によって発生します。薬剤耐性菌は尿路に限らないさまざまな臓器での治りにくいの感染症をひきおこす危険性があり、獣医療だけではなく人の医療でも大きな問題とされています。

下部尿路疾患の犬に家庭にある抗生物質を勝手に飲ませてはいけません。獣医師の指示通りに投薬せず自己判断で治療を中断、再開することも薬剤耐性菌の発生リスクを高くするためしてはいけません。

白田先生

獣医師ライター

獣医師。14年間一般の動物病院に勤務しました。そのあと自分の病院を開業して今年でちょうど10年になります。私もこれからもっと成長していきたいです。得意な分野は消化器、内分泌、眼科です。

※本ライターによる執筆は本ライターに帰属するものであり、その正確性や内容に関してちゅら動物病院がなんら保証するものではありません。

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ステージ、余命などは

腎臓病はステージ1からステージ4まで、4つのステージに分類されています。ステージの数値が小さい方が症状が軽く、重くなるにつれステージの数字も大きくなっていきます。ステージ1では臨床症状がないことが多く、飼い主さんも以上を見つけられないことが多いです。この段階で「残存腎機能(残腎機能)」がおよそ33%程度とされています。残腎機能は人間で言う腹膜透析などで対応するもので、この残腎機能をしっかりと残すことが余命に影響していきます。ステージ2になると残腎機能は25%、ステージ3で10%未満、ステージ4では5%未満となり、生命維持のためにかなり積極的な治療を必要とします。ステージ2の段階で、多飲多尿等がみられることがありますので、いつもよりおしっこが多いな、水の減りが早いなと思ったら獣医さんに受診されることを検討してみてください。

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